
創設者 石井勇牧師 秀子夫人
日本基督教団長生伝道所開設 1949年8月
2代目 大久保教道牧師 1999年4月より
3代目 服部能幸牧師 新井美穂牧師 2004年4月より
4代目 中西碧牧師 2006年4月より
5代目 吉永直子牧師 2022年4月より
6代目 川上敏雄牧師 2025年4月より
創設者 石井勇牧師の歩み
1910年山形県上山市に生まれた石井勇師は、1928年5月6日に日本基督教会上山講義所にて竹内虎也牧師より受洗しました。その後、上京し、救世軍において救いを経験し1930年8月31日に救世軍兵士となりました。1932年から2年間救世軍にて教育を受けました。
1940年に宗教団体法によりプロテスタント教会は日本基督教団に統一され、石井勇先生も1944年に日本基督教団の按手を受け、翌年大牟田有明教会に着任しました。しかし、第2次世界大戦が始まり、応召し済州島の守備に当たりました。そして1945年8月に終戦を迎えた石井勇牧師はこの時のことを、「キリストの十字架を信じて救われ、神の特別の恩寵によって救われた者が、神の御旨を踏みにじって戦争に加担したこの罪、この罪は赦されるはずがない。今のいままで愛国の伝道者と自負していた自分が、一瞬にして恐ろしい罪人としてたたきのめされてしまった。」と回想しています(石井勇著『我が伝道の地九十九里』32頁。)
長生教会の歩み
石井勇牧師は終戦後帰還し千葉で農村伝道に召命を与えられ、伝道方針などをめぐっては日本基督団の方針と一致したため教団に残って千葉一宮町を中心に布教活動を展開することにしました(石井勇著『永遠の春』172頁)。
1949年8月15日に日本基督教団長生伝道所を開設し、同時に愛光保育園も併設されました。1953年には現在の一宮町宮原に移り長生伝道所の教会堂献堂式を行うと共に、愛光保育園も同地に移転しました。1967年には第2種教会として承認され日本基督教団長生教会となりました。
1998年には新しい牧師として大久保教道先生をお迎えするとともに、創設者である石井勇先生は天に召されました。
2004年には服部能幸牧師 新井美穂牧師のお二人を牧師として招聘しました。
2006年には中西碧牧師が就任され、16年の長きにわたって長生教会に奉仕していただきました。
2022年には吉永直子牧師をお招きしました。
2025年4月より現在の川上敏雄牧師が長生教会に奉仕させて頂いています。
